第4節 キャリア支援 1.障害のある学生とキャリア支援の現状 大学には、障害の有無に関わらず、学生が社会的及び職業的自立に必要な能力を培えるよう支援体制を整備すること(大学設置基準(省令):第四十二条の二)が求められていますが、とりわけ、障害のある学生の場合は就職支援のみならず、キャリア教育やインターンシップなどの支援体制の整備が急務の課題になっています(文部科学省, 2012)。 それにも関わらず、こうしたキャリア支援はまだ十分なものとはいえない現状があります。たとえば、平成27年度の全国調査(日本学生支援機構, 2016)をみると、1185校ある高等教育機関(短大?大学?高等専門学校を含む)が提供しているキャリア支援は、多い順に学外機関(ハローワーク等)との連携(425校)、インターンシップの受入や就職先の開拓等の企業連携(211校)、一般就職ガイダンスなどにおける配慮の実施(195校)、障害のある学生のための就職ガイダンス等の実施(76校)となっています。就職支援の大半は、学外機関に依存し、就職活動準備を含むキャリア支援はほとんど実施されていない状況です。おそらく、教員を目指す障害のある学生のキャリア支援の状況も同様であることが推察できます。 そのようななか、教員を目指す障害のある学生にとって必要なキャリア支援の内容とはどのようなものでしょうか? ここでは、キャリアイメージの形成、教員採用試験対策(採用試験)といった観点から、そのあり方を考えていきます。 2.キャリアイメージの形成 障害のない学生に比べると、どうしても障害のある学生はアルバイトやインターンといった職業体験の機会にめぐまれません。このため、曖昧なキャリアイメージしかもっていないのに、自分のやりたりことだけを考えて進路選択をすることも珍しくありません。彼らが教員を目指すのであれば、確かなキャリアイメージを持ち、障害のない他の教員と同等のパフォーマンスで働ける確信を持つことがたいせつです。このためには、教育実習や学校でのボランティアを経験しながら、自らの障害特性を理解し、できることやできないことが何か、どうすればできるようになるのかを考えられるようになるための支援が必要です(石田, 2011)。 そのひとつに、障害のある学生と似た障害状況の先輩教員と出会う場をセッティングすることは、将来のキャリアイメージや自己理解を考えさせるきっかけになります。また、卒業生の先輩教員がいる場合には、どのようにキャリアイメージを形成し、どのように就職活動を行ってきたか、また、障害特性を補いながら、どのように工夫して仕事を行っているのかについて講演会を計画するのも有効な手段です。 このような取り組みは、上級生になってから実施するのではなく、入学当初からバランスよく提供してくことが重要です。 3.教員採用試験対策(採用試験) 教員養成系大学では学生の多くが教員就職を希望するため、各大学では教員採用試験に特化した就職ガイダンス、セミナー、個別指導等の支援が提供されています。障害のある学生が参加を希望する場合は、関係部署や当該学生と一緒に必要な合理的配慮が何かについて検討することが必要です。全体の学生に向けたガイダンスやセミナーについては、情報保障(資料の拡大?データ提供、ノートテイク、手話通訳の手配など)を提供すれば概ね問題ありませんが、より具体的な試験対策となれば、障害特性に応じたきめ細かな支援が求められます。 たとえば、聴覚障害のある学生の場合は、集団面接?討議、場面指導等の試験に際し、手話通訳などの情報保障が必要になります(相羽?岩田?小田 他, 2016)。障害学生支援が普及しつつある大学では、個人で手話通訳を手配したことがない学生も少なくないため、どのように手話通訳を手配すればよいのかについて情報提供する必要があるかもしれません。 また、集団面接?討議の口頭試験に手話通訳が入ったとしても、通訳が間に合わなくなることも多いので、通訳を待ってから発言をしようとしたら時間が無くなってしまい、結局発言できずに終わってしまったという学生もいます。このようなことを見通し、集団面接?討議では司会者を申し出て面接のスピードを自らコントロールできるようにするなど、効率的に試験を受けるためのアドバイスが必要になります。 視覚障害のある学生の場合は、まず教員採用試験の筆記試験において問題の拡大?点訳、解答方法などを検討する必要があります。試験問題の拡大?点訳はそれがなされればよいというものではなく、どのように拡大?点訳されるのかによって、問題の読みやすさが大きく変わってきます。試験当日に問題の読みにくさに気づいても後の祭りですので、視覚障害のある学生が具体的な合理的配慮を事前に要請できるよう支援することがたいせつです。 また、教員採用試験の受験にあたっては、試験会場までの移動が課題になります。このため、視覚障害のある学生が事前に練習をしておくことは必要です。教育大学では、同じ会場で受験する友達が複数いる場合もあり、仲間同士で下見をすることができます。しかし、ひとりだけ違う地域を受験するなど、下見を自力で行わなくてはならない場合には、計画的に下見をするようアドバイスすることがたいせつです。 この他、口頭試験では集団面接?討議における状況把握も課題になります。たとえば、愛知県の場合は、任意のアルファベットが各受験者に与えられ、決められた配置で集団面接?討議が進められます。見えていれば、その場で指示されてもある程度行動できますが、視覚障害のある学生の場合は、誰がどこに座っているのかという状況がわからず、やりとりに出遅れてしまいます。そのため、事前に実際の状況を想定した集団面接?討議の模擬練習をすることも必要です。 このように、障害のある学生にとって教員採用試験は未知の体験となりますキャリア支援においては、それぞれの学生が具体的な試験内容?状況をイメージできているのか、確認をすることがたいせつです。そして、必要であれば、各学生の障害について、専門的に応じることのできる教員と連携をとり、どのように受験すればよいかについて相談することが必要です。 ※「集団面接試験における会場の様子」の図省略 ※「集団討議試験における会場の様子」の図省略 4.教員以外の就職先について 教員という職業は、単に授業をするだけではありません。同僚の教員や管理職、保護者、地域と連携しながら多方面にわたり児童生徒の教育に携わるなど、さまざまなスキルが求められます。このため、障害のある学生のなかには、こうした教員に求められるスキルと障害特性との相性がよくない者もいるかもしれません。そうした場合には、当該学生の教育に携わりたいという想いを最大限たいせつにしつつ、大学で学んだ専門を活かし、教育に関連する職業(たとえば、教育系企業、塾講師、NPO職員、公務員など)も積極的に情報提供し、より広い視野をもってキャリア選択を促すことも必要かもしれません。当該学生に寄り添いながらより現実的なキャリア選択ができるよう支援することがたいせつです。