第2節 実技科目の履修 1.障害のある学生の履修に関する基本的な考え方 障害のある学生の教育について、文部科学省(2012)は主に以下の視点に基づいた合理的配慮の必要性を提言しています。 ●情報保障:手話通訳、ノートテイク、パソコンテイク、点字、拡大文字などの代替手段を用いて情報を伝え、場への参加を保障する。 ●コミュニケーション上の配慮:ことばの聞き取りや理解?発声?発語などが困難な学生のために、必要な配慮を行う。 ●教材の配慮:シラバスや教科書などにアクセスできるように配慮する。また、教員が授業で使用する資料は、学生の障害の状態?特性等に応じ、事前に提供する。 ●公平な試験の配慮:点字や拡大文字などによる情報保障、試験時間の延長や別室受験、支援技術の利用などにより、障害のある学生の能力?適性、学習の成果などを適切に評価する。 ●公平な成績評価:障害のある学生の学習の成果などを適切に評価するために、学生が教育目標を達成していることを柔軟な方法で評価する。ただし、教育目標や公平性を損なうような評価基準の変更や、合格基準を下げるなどの対応は行わない。 以上の考え方に基づいた具体的な配慮事項や支援方法などについては、日本学生支援機構『教職員のための障害学生支援ガイド』で障害別に詳しく紹介されています(日本学生支援機構,2015)。以下では、なかでもとくに丁寧な対応が必要な実技系科目の履修について、具体的な支援事例を含めながら記述します。 2.履修決定まで (1)シラバス作成上の配慮 一般に、シラバスには授業名、担当教員名、講義の目的、到達目標、各回の授業内容、成績評価の方法や基準、予習?復習に関する指示、教科書?参考文献、履修条件などが記載されます。これらの情報は、障害のある学生が履修する授業を選んだり、支援者や教材の手配をしたりといった準備に大いに役立ちます。そのため、授業担当教員は、実際の授業内容に即した丁寧なシラバスを公開することが重要です。 たとえば、教科書の点訳には多くの時間を要します。各回の授業内容や進度が明確に示されていれば、その情報を基に、いつまでに、どの順番で点訳すればよいかを計画して作業を進めることができます。 聴覚障害のある学生は、授業の形態によって、パソコンテイクやノートテイク、手話通訳などの情報保障の方法を選びます。学生同士のディスカッションが中心であるとか、視聴覚教材を多用するなど、シラバスで授業の進め方が具体的に示されていれば、いつ、どのような支援が必要かを見通して支援者を手配することができます。 また、シラバスは受講に際してどのような支援が必要かを判断する材料として活用できるだけでなく、複数の選択肢のなかから特定の授業を選べる場合には、シラバスの内容から障害による受講のしにくさが少しでも少ないと思われる授業を探すことにも役立ちます。 (2)履修前の相談?履修科目の調整等 大学が、授業においてなんらかの配慮が必要であると認めた場合には、障害のある学生の状況や具体的な配慮内容などを記した文書を、授業担当教員に個別に渡すことが通例となっています。しかし、とくに実技科目では、授業担当教員がこの文書の内容だけを参考に実際の配慮事項を決め、対応することは困難です。そのため、前期なら春休み、後期なら夏休みというように、授業開始前に授業担当教員と当該学生が授業への参加方法について打ち合わせをすることが有効な場合もあります。当該学生が所属する学科の教員、障害学生支援担当部署、教務課などが、本人と授業担当教員とのコミュニケーションが円滑に進むようにサポートします。 同一科目で複数の授業が開講されている場合は、規定のクラス分けよりも、障害のある学生にとっての受講のしやすさを優先してクラス分けを柔軟に変更することもあります。ただし学生本人からは、「自分だけが別の学科の人と一緒に受講するのは不安」「本当はむずかしい内容にもチャレンジしたかったのに、支援のしやすさからアクティブ?ラーニングの少ないクラスを薦められてしまった」などの感想が聞かれることもあります。そのようなことが起こらないように、大学側の事情と障害のある学生の希望を十分に摺り合わせた上で、よりよい方法を決めるプロセスが重要です。 3.科目ごとの配慮事例 (1)外国語 聴覚障害のある学生にたいしては、リスニングが中心の科目をリーディングや文法中心の科目に振り替える配慮が度々行われています。しかし科目の振り替え以外にも、外国語の情報保障を正確に行える支援者をいかに確保するかという問題もあります。情報保障では、支援者が内容を理解して伝えることが前提であるため、たとえば英語の授業であれば英語の音声をしっかりと聞き取って正確なアルファベットに変換できるノートテイカーやパソコンテイカーが必要です。 愛知教育大学では、聴覚障害者教育を専門とする教員と英語科の教員が連携して、聴覚障害のある学生が受講しやすい英語の授業方法について共同研究を行っています。具体的な実践例としては、まず、英語のリスニングの指導では、聴覚障害のある学生にスクリプトを提示し、速読させています。小テストや最終試験のリスニング課題は免除して、他のスキルに関する代替問題を課しています。また対話の練習では、聴覚障害学生に理解のある学生とペアを組ませています。 (2)体育 1、2年次を中心に開講されるスポーツ科目では、体力作りや健康の維持、競技をとおしたコミュニケーションなどを目的としています。そのため障害のある学生も、個々の障害の状況に応じて本人がなんらかの形で運動に参加できるように配慮します。主な対応方法としては、参加可能な種目へのクラス変更、ティーチングアシスタントの配置、特別クラスの開設などが挙げられます。 他方、体育科研究法の授業では、身体を動かして体力作りや技術の習得を目指すというよりはむしろ、体育実技の指導法を学習することが第一の目的です。愛知教育大学では、下肢に障害のある学生が体育科研究法の授業を履修する際、以下のような配慮を行いました。 この授業は、教員の指示の下で学生が特定の種目を実際に行うことをとおして、その指導法について学習するという方式です。本人を含めた関係者が一堂に会して話し合った結果、当該学生は、他の学生と一緒に実技に参加する代わりに、実技の様子を観察しながら記録をとり、教科指導法の観点に基づいた課題レポートを提出することとなりました。また、「広いグランドを移動しながら陸上競技を観察するのはむずかしいため、体育館での器械運動のクラスに変更」「後期の寒い時期に観察をすることには健康上の不安があるため、前期のクラスに変更」というように、柔軟なクラス変更を行いました。 (3)情報処理実習 情報処理実習の授業は、大学所定の端末とソフトウェアを使用して行う場合が多いため、まず、それらのハードウェアとソフトウェアのアクセシビリティの状況を授業開始前に確認します。 上肢に障害のある学生のために専用のマウスやキーボードを用意する、弱視学生用に可動式の大きなモニターを設置する、適宜必要な支援ソフトをインストールするなど、一定の環境整備が整えば、障害のある学生の多くは通常の実習に問題なく参加できます。 一方で、通常の実習を受講するだけでは実用的な知識や技術の習得につながらない場合もあります。例えば視覚活用ができない全盲の学生は、画面の音声化やキーボード操作に適した専用のソフトウェアを使いながら、特有の方法で情報の処理を行います。特にグラフィック画面の操作などが難しいため、課題の変更や、学外の講師による個別授業への振り替えなどの対応が必要となります。 なお、最近では履修登録、講義資料の受け取り、課題提出、成績の確認など、さまざまな作業を所定のシステムで行う大学が増えています。障害のある学生にとっては、それらのシステムの利便性が非常に大きいため、ウェブアクセシビリティに十分な配慮をするとともに、システムの使用方法について丁寧に指導することが重要です。 (4)実験その他の実技科目 理科実験やフィールドワーク、その他の実技科目においても、これまで述べてきたように、環境の整備、その分野の知識や技術を有する支援者の配置などが有効な支援方法です。 とはいえ、求められる課題のなかには、障害のある学生には達成不可能なものもあります。たとえば、肢体不自由のある学生にとっては精密機器の操作や広域の移動をともなう観察、視覚障害のある学生にとっては視覚的な観察やデータの計測などが困難です。しかし、部分的にできない作業があったとしても、その作業の意味を理解し、全体の分析や考察ができれば、本来の目的を達成したといえる場合も多いため、実習の成果を柔軟に評価するという視点をもつことが大切です。 ある大学の障害学生支援担当者から、「書道の実技ができない全盲の学生に小学校教諭の免許状を出してもいいのでしょうか」という相談を受けたことがあります。たしかに、全盲の学生は毛筆の読み書きはできません。しかし、そのことを理由に小学校全科の免許状の取得を阻むことは合理的配慮に反します。このような場合、授業担当教員が評価の際に重視してほしいのは、与えられた実習課題を他の受講生と同じようにこなせたかどうかではなく、その実習の手順や留意事項などを適切に理解し説明できたかどうかという観点です。